ネットで叩かれる人材派遣は、本当に「悪」なのか?
「何も生み出していないのに給料が高い業界は?」
実業家・前澤友作氏のこの問いかけは、ネット上で大きな議論を巻き起こしました。その中で、人材派遣業界は「中抜き」や「労働の不安定化」といった批判とともに、構造的な問題を持つ産業として指摘されました。多くの人が共有するこのネガティブなイメージは、果たして業界の本質を捉えているのでしょうか。
この記事では、世間の批判の裏側にある、業界内部から見た人材派遣の意外な「社会的意義」について、建設業界に特化した人材派遣会社の副社長へ聞いてみました
1. 「正社員」がゴールではない時代の働き方:派遣が提供する柔軟性と心理的安全性

現代の労働市場において、「正社員」という働き方が唯一の正解ではないと考える人々が増えています。過度な責任を避け、より柔軟なキャリアを望む層にとって、派遣という選択肢は合理的な価値を提供します。
正社員の場合、上司との人間関係が悪化すれば「退職」という重大な決断を迫られますが、派遣であれば会社に相談し「現場を変えてもらう」という、より低リスクな解決策があります。これは単なる利便性を超え、労働者が自らのキャリアパスを主体的に選択・調整できる「エージェンシー(主体性)」を高める働き方とも言えるでしょう。このモデルは、燃え尽き症候群や職場の人間関係が社会問題化する現代において、キャリアの継続性を維持しつつも、退職という個人的なコストを回避するための重要なセーフティネットとして機能しているのです。
後藤一社に勤めて、行く先の上司と合わなければ辞めないといけないと思いますけど、派遣って別に辞めなくても現場を変えてもらったらいいと思うんですよ。転職活動って、多分もうめちゃくちゃ大変じゃないですか。
2. 企業にとってのメリット:採用のプロが「ミスマッチ」をなくす

労働者に柔軟性を提供する一方で、人材派遣は企業側、特に採用を専門としない組織に本質的な価値をもたらします。例えば、建設会社は建築のプロであっても、人材採用のプロではありません。自社で求人を出しても、求める人材を効率的に集めるのは困難です。
そこで「紹介予定派遣」という仕組みが活きてきます。企業は最長6ヶ月間、派遣社員として人材の働きぶりや適性を実務の中で見極めた上で、正社員として正式に雇用するかを決定できます。この「お試し期間」は、採用後の「こんなはずではなかった」というミスマッチのリスクを大幅に低減できる、極めて効果的なリスク管理手法です。不確実性の高い採用活動において、これは無視できない戦略的メリットと言えるでしょう。
後藤6ヶ月間見て良ければ採用すれば、その後ミスマッチっていうのはなくなると思います。
3. コストの誤解:「派遣は高い」という思い込みの裏側

採用ミスマッチを防げるという戦略的利点は明確でも、「派遣会社にマージンを支払う分、コストが高くつく」という懸念がつきまといます。しかし、この「保険」にかかる費用は、本当に割高なのでしょうか。
企業が社員を直接雇用する場合、給与以外にも社会保険料や賞与など、目に見えにくいコストが発生します。これらを合算した総費用(トータルコスト)で比較すると、派遣社員の活用と「結局同じぐらい」になることは珍しくありません。この観点から見れば、派遣会社に支払う費用は単なる「中抜き」ではなく、不確実な人材を採用するリスクをヘッジするための「保険料」と捉えるのが妥当です。これは極めて合理的な経営判断なのです。
後藤自社で雇用しても社会保険料とかボーナスとか、なんやかんやで結局同じぐらい金額かかるんですよ。だったら、最初にどんな人かわからない人を採用するのではなくて、派遣で使って、ちょっと予算かけて派遣会社に払ってでも見る期間っていうのがある方がめっちゃメリットだと思います。
4. 派遣会社の本質的価値:単なる仲介ではない「採用の科学」

この「保険料」としての価値は、リスク低減効果だけでなく、採用を本業としない企業には模倣できない高度な専門性によっても裏付けられています。人材派遣会社は、いわば「採用の科学」を実践するプロフェッショナル集団です。
例えば、候補者が最もスマートフォンをチェックする朝の通勤時間、昼休み、夜間といった時間帯を狙ってスカウトを送信する。応募があれば即座に返信し、候補者の意欲が最高潮に達した瞬間を逃さず面接を設定する。このレベルの戦術的実行力は、建設会社のような採用を本業としない企業との「専門性のギャップ」を浮き彫りにします。建設会社の本質的価値が「建てること」にある一方、人材派遣会社の本質的価値は、候補者獲得の全プロセスをデータに基づき最適化し続けることにあるのです。
5. 悪評の正体:「派遣」という言葉でひとくくりにされる問題

これほど明確な価値提供があるにもかかわらず、なぜ業界の評判は芳しくないのでしょうか。その原因は、「派遣」という言葉が持つ多義性にあると考えられます。
この問題を理解する上で重要なのは、派遣と一括りにされるサービスの中に、性質の異なるモデルが存在するという事実です。今回話を聞いたプロが手掛けるのは、派遣会社が正社員として人材を雇用し、顧客企業に派遣する「無期雇用派遣」です。一方で、世間で問題視されがちなのは、仕事がある時だけ短期・単発で雇用契約を結ぶ「登録型派遣」のケースです。後者は契約期間が短いため、教える側も長期的な視点で指導できず、双方に深い関係が築かれないまま契約が終了しがちです。
したがって、世間が抱くネガティブなイメージは、短期的な「登録型派遣」の取引的な性質と、キャリア形成を視野に入れた「無期雇用派遣」の関係構築的なモデルとを混同していることに起因する可能性があります。この区別は単なる技術的な分類ではなく、業界の社会的価値を公正に評価する上で本質的な論点となるのです。
印象が悪いのって多分一般的な登録型の派遣なんじゃないかなって。(中略)すごい短期間だから教える側もすごい先を見て教えるっていうことはできないじゃないですか。こうなってほしい、ああなってほしい。だからその思いも伝わらないまま淡々と仕事をすることが多いと思うんですよ。それって多分どっちもが悪い印象を持つと思います。
結論

人材派遣業界に対する「中抜き搾取」という支配的な言説は、感情的には理解しやすいものの、リスク抑制、専門性の提供、そして労働市場の柔軟性確保といった、このビジネスモデルがもたらす本質的な価値を見過ごしています。
もちろん、これは業界全体を無条件に肯定するものではありません。しかし、一つのイメージで全体を断じる前に、その構造と機能、そして社会が求める役割を多角的に分析することが不可欠です。人材派遣を巡る議論は、単なる手数料や利益率の問題ではなく、私たちの経済に不可欠な「仲介者」という存在の価値を、いかに評価すべきかという、より大きな問いを投げかけているのかもしれません。
